2011/09/14

Ercolano (エルコラーノ) 遺跡

9月になりましたが相変わらず暑いイタリアです。

今回はボローニャに帰ってすぐ南イタリアに10日ほど行ってました。
毎年夏には行っていますが、今年で3回目となるナポリ近郊の街 Gragnano(グラニャーノ)。
ここは観光地と言われる場所に近いので色んな所にいけちゃいます。

さて今回は念願のエルコラーノ遺跡 (ヘルクラネウムとも呼ぶ。) を見てきました。
エルコラーノについてですが私自身イタリアに来るまでその存在は知りませんでした。
ただ2年前ポンペイ遺跡を訪れた時に初めてエルコラーノの存在を知り、いつかは行ってみたいと思っていました。

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エルコラーノにはヴェスビオ周遊鉄道で向かいました。
Via NOCERAから乗りました。

あれ~以前乗った時は相当汚い電車だったのにめっちゃ新しくなってる。この路線はポンペイ駅にも止まるので観光客がいっぱいです。

ERCOLANO駅です。小さな街の印象です。

駅から海方面に向かって約10分くらい歩くと入り口に到着です。

入り口付近からの全景。下を見下ろす感じです。

噴火当時は、6mほどの火山礫、軽石、灰の層の下に埋もれ、さらにその上に砕屑が降り積もり、最終的に約20mほどの高さで固まったそうです。そして灰と水が混ざり石のように固まって凝灰岩となり、すべてが密閉された状態になった為に、破損が最小限に押さえられたそうです。
ですのでエルコラーノはポンペイに比べ非常に保存状態が良く発見されています。

発掘作業は本当に大変でしょうけどね。

ヴェスビオ火山からエルコラーノまで大体7kmの位置だそうで、こうやって火山を背にしてみてみると距離感がわかりやすいです。
エルコラーノは79年8月24日の噴火で埋もれた街です。

ポンペイに行ったときは観光客が多くて日本人のツアーの人達ともすれ違いましたが、ここは人も少なく、日本の方も見かけませんでした。
エルコラーノは掘り出されてるエリアが小さいので歩きやすいです。

蜂の巣みたいなレンガの組み方ですよね。

路地。

塀の上に見えてる家々は現在の家。遺跡は普通の住宅街の真ん中にあります。

casa dello scheletroにあるモザイク装飾のある祭壇。

casa a graticcio 格子垣の家です。レンガの柱で支えられたバルコニーが特徴的です。骨組みが木で、その中は石を積み重ねています。この家は民衆の為に安い建築費用で建てられてる為、骨組みが木になっているわけです。

casa del tramezzo di legno 板仕切りの家は、良い状態で保管されていた住宅です。legnoというのはイタリア語で木と言う意味なのですが、木製の仕切りが残っていたことに由来してるそうです。


噴水でもでていたのでしょうか。

さきほど説明してた板の仕切りがこれです。炭化した木の扉の保存をする為にプラスチックの板で囲まれています。写真は反射しているのでわかりづらいですが、こんな物が残っていたなんて凄いですね。
エルコラーノは一気に高温の溶岩に埋もれたので木も燃えずに炭になっちゃうんですね。

壁の壁画。

casa dell'atrio a mosaico mosaicoとはモザイクの意味で白と黒の幾何学模様が表されたモザイク装飾が施された床に由来してつけられています。
凄くきれいです。

温泉浴場です。
火山が近いだけあって温泉は昔からあったんですね。
温泉は女性用、男性用とわかれています。

女性用の脱衣所と、お風呂を結ぶ通路のモザイクの床。

女性用の脱衣所です。壁に付いてる棚に衣服を置きます。

トリトンにキューピッド、海の生き物がモザイクで表されてます。

ちなみにこちらが男性用の脱衣所。女性に比べるとシンプルです。

天井の漆喰の波形の溝が細かくて素晴らしいです。

商店です。ワイン用の壷がたくさん置いてあります。

ここも炭化した扉が残っています。

エルコラーノの街はギリシア人都市としてうまれています。其の為エルコラーノにおけるギリシャ式の建築方法はポンペイよりも厳格なものであったことが分かっています。
道路は南北に走る道路と東西に走る道路と直角に交差しています。
凄く単純ですが、京都みたいだと思いました。

さて話がまだ長くなりそうなのでここで休憩。
次回続きを書きます!


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